2011年夏合宿 北アルプス
山行日 8/22~24日
○パーティ:12人
文:井樋
コース
21日 | 移動日(JR箱崎駅→JR有明駅) |
22日 | JR有明駅からタクシーで中房(登山口) 中房=3:00=合戦小屋=1:08=燕山荘<=0:18=燕岳=0:20=>燕山荘(4h48m) |
23日 | 燕山荘=2:11=大天荘 |
24日 | 横尾=0:50=徳沢=1:00=明神館=0:40=上高地(2h30m) 上高地からタクシーで松本駅へ、解散 |
凡例 =:徒歩、<>:ピストン、=の間の数字は分、()内は休憩を抜いて実際かかった時間。ただし、通ってない区間の()内の時間は予定コースタイム 。赤字は実際通ったエスケープルート。
※ピストンとは、分岐等にメインザックを置いて、最低限の荷物だけ持って登って元の場所に戻ってくること。
出発前
今回の合宿は、出発直前にしてトラブルの連続であった。7月末のP承(先輩方によるパ
ーティー承認)まではいたって順調であったものの、その後、他の隊との装備変更の伝達が
うまくいかずに度々装備表を変更したり、乾燥野菜が腐れているのを合宿直前に気づき食料
計画をあわてて書き直したりと、ツメの甘さを感じてしまった。乾燥のさせ方には要注意で
ある。しかし、そんなトラブルも乗り越え、合宿出発に至ることができた
出発前日の昼に箱崎に全員集合し、食料購入・仕分け、ルート研究に入った。2日前一足
先に南アルプスから帰ってきた小川が手伝いにきてくれた。またルート研究の途中で奥山さん
が、さらに終盤には今城さんと丸田さんがお見えになり、華やかなムードになった。
その後近くの店で一同夕食を共にし、一旦箱崎組の家へ解散した。ただ今城さんと丸田さん
のいらっしゃった堤家では朝まで飲み明かしたり、またある家では合宿の不安から眠れな
かったりと、半数以上が完徹で合宿出発に臨むことになった。
21日(移動日)
AM4:30箱崎駅に集合。今城さん・丸田さん・奥山さん・相澤さん・小川・村上・成吉が 朝早くから見送りに来てくださった。嗜好品もいただき、合宿のスタートを気持ちよくきることができた。


(写真左)出発前の集合写真。完徹の眠気など感じられない。
(写真右)見送りの方々。感謝です!
これから18切符を片手に、19時間をかけ長野まで列車を延々と乗り継いでいく。しかし、 その一番列車(箱崎駅4:51発)から6分の遅れ。果たしてたどり着けるか早々と不安になっ たが、その遅れは下関で回復し、以後順調に列車を乗り継いで行き、一同無事長野県は有明 駅に到着した。睡眠不足は列車内で補った。
移動中外はしきりに雨であり、時折雷もなった。というのも、今回不幸にも僕たちの合宿 期間にちょうど秋雨前線が中部地方にかかってしまい、予報は一週間前からずっと雨であっ た。列車での移動中、2年生が携帯電話から気象情報を拾って逐一報告してくれたが、期待 むなしく、合宿期間中ずっと雨に変わりはなかった。結果的に、この前線のためにエスケー プする結果となってしまったが、その時は窓に叩き付ける雨を眺めながら、7日間ずぶ濡れ になりながらも合宿から凱旋する覚悟を腹の中できめていた。とはいえ不安は拭えなかった。
22日
朝5:00有明駅からタクシーで中房登山口へ。夏山シーズン中タクシーは早々から予約で
埋まるそうだが、そうとも知らずに前日の夜、明科第一タクシーさんに無理をお願いしてなんとか乗ることができた。以後タクシーの予約に際しては注意したい。
45分で中房登山口に到着。僕らと同じ登山客で辺りは賑わっていた。タクシー乗車時降
っていた雨は、登山口到着時には止んだ。パッキング・準備運動をすませ、登山届けを提出
した後、6:15B隊先発で出発した。このまま雨が降らないことを祈るばかりであった。
この日は北アルプス三大急登の1つである合戦尾根を登り一気に標高1200mを稼ぐ。三
大急登というものの、宝満山でボッカ訓練を積んできた僕らにとっては何の苦もなく登るこ
とができた。また、あの背振の長野峠?羽金山の急登には到底及ばない
(参照;2010年春合宿活動レポート)。
合戦尾根中腹すぎたところにある合戦小屋で雨が本降りになってきたも
のの、コースタイム通りで燕山荘に到着した。到着と同時にその雨は止み、このチャンスにテントを張り昼食とした。
天気は雨が止んだだけでなく、晴れ間が見えたりもした。これはどういうことかと、山小
屋に行ってデータ放送の気象情報を確認すると、前線が南にずれており、下界の安曇野市の
予報が晴れになっている!神が味方してくれたのか。これからの7日間に期待が膨らんだ、
この時は。一同テンションのあがったままピストンの準備をして、燕岳へ向かった。
燕岳周辺は花崗岩質でできており真っ白。周りに浮かぶ雲も合わさって、まるで空中散歩 をしているかのようだった。20分ほどで燕岳に到着。最初のピークである。雲の間からは これから通る予定の表銀座・裏銀座の稜線が垣間見られたりして、とてもよかった。さあ、 ここで三宅のザックからあの嗜好品の登場・・・
奥山さんからのスイカ!三宅1人で燕岳山頂まで運んでくれた、ほんとお疲れさまでした。 そのスイカを切り分け山頂にてみんないただいた。
1時間ほど山頂でダラダラした後、テン場へ戻った。その頃から再び雨が降り出してきた。 気象通報の天気図を書かせると、昼に見た通り前線は南下していて、はるか南にある熱帯低 気圧と西の低気圧が気になったものの、ひとまず、天気が悪化しないことを祈りつつ、フラ イを打ち付ける雨音を耳にしながらシュラフにもぐった。しかし、テントを飛ばすかのごと く風が吹き荒れ、とても穏やかに眠れなかった。
23日
雨は止むことは無く、むしろ激しさを増していた。AM3:00起床。それと同時に隣のテン
トから「テントが浸水した。シュラフも濡れた!」とあった。そりゃこれだけ雨が降ってい
るのだから多少濡れて当然だろうと思いながら様子を見てみると、テントの内部は完全に水
浸し、さらにフライはどういうわけか水を吸っていて、紙のごとく本体にはりついている。
これはひどい。不良品では?他2つのテントは平気なのに・・・とりあえず朝食を手早く済
ませた後、テントを撤収した。雨の中の作業はほんとに面倒くさい。さらに僕の担当がその
問題なテントの本体であり、水を大量に含んだおかげで重さが倍になった。ザックは出発時
より明らかに重くなった。滅入る。
その後山荘へ向かい、データ放送の気象情報を確認したところ、南下したはずの前線が再
び長野県にかかっている。下界の天気予報は雨に。しかも大雨に警戒とか。昨日の期待はど
こへやら・・・ひとまず天気の回復は期待できない。加えてテント不良にシュラフ水没。こ
のまま合宿を続けられるかとても悩んだが、みんなの表情はいたって明るいし、せめて槍ま
では進もうとの提言があり、続行を決めた。
降りしきる雨の中を黙々と進む。ただ雨とはいえ、あたり一面ガスって視界ゼロではなく
稜線は見えたのは、せめての救いであった。槍・鷲羽の雄姿は見えなかったが。しかし、歩
くうちに次第に靴の中に水が溜まり始めた。その上、雨具の下のズボンまで濡れ始めた。不
快で寒い。原因としては、雨具が登山靴を覆えず、雨具を伝って雫が靴の中に入り込み続け
たからと思われる。スパッツも装着していたが、使い方に問題があった。僕は雨具の外側に
はいていたために、スパッツと雨具の間から水が入り込んでしまい、スパッツが何の用もな
さなくなっていた。この経験から、夏山でスパッツを雨具の内側に装着する理由がわかった
(通常、夏山では雨具の内側に、冬山では外側に着けることになっている)。そういうわけで、
早くテント場に着きたかった。途中往復20分で大天井山へピストンできたが、この状況で
はどうでもよかった、スルー。
12:30、なんとかこの日のテント場(ヒュッテ西岳)に到着。テント泊の申し込みをしよう
としたところ、小屋の人に開口一番「本気ですか?」、そして「このように天気悪いし、明
日以降も回復の見込みがないから、今すぐ上高地へ下山を」と勧められた。エスケープの決
定である。小屋の人に言われたなら仕方ない。メンバー一同も認めた。無念。
ここからは消化試合みたいなものだが、気は抜けられない。まずクサリ・梯子が続いた。 北アルプスらしい光景である。さらに雨で岩が濡れているため、足を滑らせぬよう慎重に岩 場を下って行った。さらに連日の雨によって、何度か(足首までつかる程度だが)渡渉が現れた。
▲結局槍は一度も姿を見せてくれなかった・・・
▲エスケープのため縦走路を外れ槍沢へ向かう。渡渉点。
▲轟音をたてる槍沢を歩く
槍沢へ降り、14:40ババ平に到着。燕からヒュッテ西岳まで縦走した上に標高700m程を 短時間で下り、足にかなりの負担をかかえてしまった。ヒュッテ西岳のおじさんによると、 ババ平まで来れば残り上高地まではほぼ平坦らしく、夜間行軍してでも今日中に上高地に着 けるとのことだった。初めはそのつもりで歩を進めていたが、足の痛み・疲労が重なり、そ こまで無理しても逆に危険ということで、この日は横尾でビバークすることにした。時間は 18:02。12時間行動の1日だった。
24日
▲横尾の朝。雨は上がった。
▲下界に近づくにつれ、槍沢(梓川)の流れは穏やかに
▲上高地。一大リゾート地。多くの観光客でにぎわう
朝、雨は上がっていた。なんだか複雑な気持ちだったが、きっと槍の方は荒れているだろ
う、そう割り切った。ここから梓川にそって徳沢、明神館を通り上高地へと下山した。下山
といってもほぼ平坦な道のりで、ハイキングみたいなものだった。
横尾を出発して3時間後、上高地へ到着。山行はこれで終わった。ここ上高地は広大なキ
ャンプサイトや、いくつも軒を連ねるホテル・土産屋、そして多くの観光…なにもかも、想
像を超えたものであった。登山基地でもあるはずなのに、なぜか僕ら登山客が浮く存在に感
じてしまった(笑)。それでも素晴らしい観光地で、ある者がエスケープするなら上高地がい
いと言っていた意味が理解できた。
下山のお楽しみと言えば何と言っても風呂である。営業時間の関係でA隊B隊それぞれ
別の風呂場へ向かったが、悲しいことにB隊の方はメンテナンスのため入ることができな
かった。ただ、この時帰りの交通の時間が迫っていたため、B隊には勘弁してもらい、一同
松本へと向かった。そして、黒部を観光したいと言ってやまなかった1名と別れ、福岡へと帰ったのであった。
おわりに
今回エスケープする結果となり、短命な合宿となってしまいました。踏んだピークといえ
ば燕岳くらいで、ほとんど登れていません。非常に残念な結果となってしまいましたが、山
の厳しさを、身を持って味わえた点でいい経験になりました。この経験を決して忘れず、次
に生かしてほしいです。エスケープ計画の重要さ、装備の大切さ、防水の大切さ、雨降り時
の不自由さ等がわかったと思います。山には下界では決して味わえない、格別の景色・楽し
さがあります。今回のようなことで決してめげずに、これからも頑張ってください。
また、今回僕の隊はみんな元気で、明るいメンバーでした。このような悪天候の中・そし
てエスケープが決まっても、合宿中雰囲気がしらけることは無く、最後まで気持ちよく率い
ることができたことに感謝します。