3月10日 |
鹿児島→屋久島(宮之浦港) |
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僕たちはこの日、旅立った。行き先は日本最後の秘境、屋久島。二手に分かれて、鹿児島を目指したワンゲルの面々ではあるが、気のせいか、いつもより多弁であった。きっと彼らの中に交錯する、期待、不安、その他諸々の感情が彼らをそうさせたのであろう。
この後、先発隊と後発隊は鹿児島屈指のデパート山形屋(やまかたや)のバスセンターで合流ののち、宮の浦港からフェリーで屋久島へ向かうわけだが、一つ心残りなことがあった。それは・・・先発隊が黒豚のとんかつを先走って食べていたことだった。鹿児島の黒豚といえば、薩摩揚げ、焼酎と並び、もはや鹿児島以上に有名な、鹿児島の特産品である。その歯切れの良いやわらかな肉質、弾力ある肉の感触、べとつかずさっぱりとした食感、どれをとっても言うことなしである。くやしい・・・俺も食べたい・・・だが、筆者に残された時間はあまりにも短かった。 |
3月11日 |
宮之浦港→淀川登山口→淀川小屋 |
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AM7:00。
何かの曲のタイトルではない。僕らが屋久島に上陸した時刻だ。まず、一服。早朝の煙草はいつだって心地よい。船の中では色々あった。まず、自分も含めて、幾人かが軽い船酔いになった。ただ、トランプをして、はしゃげる程度の船酔いである。また、出会いもあった。相手は屋久島でレンタカー店に勤めている甥をもつ、御婦人である。ありがたい、丁度我々は13日にレンタカーを借りようとしていたところだ。御婦人曰く、甥に頼んで通常料金より安くしといてあげるよ、とのこと。この機会を逃す手はない。早速、御婦人に交渉してもらった。出会いとは貴重なものだ、と知った二十歳の春。ただ、いくら安くなったかは不明。
この日、港の周辺のスーパーで朝食をとった後、タクシーで淀川登山口に向かったワンゲルの面々ではあるが、その顔には一様に山に帰ってきたという、ある種独特な感情が滲んでいた。登山口から淀川小屋まで一時間弱の行程である。大したことはない、てか、楽勝すぎでしょ、次の日に対する不安は高まっていった。 |
3月12日 |
淀川小屋→新高塚小屋 |
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今日は黒味岳、宮之浦岳を迂回して、新高塚小屋まで。元気な人は途中、永田岳も行っちゃいましょうという行程だった。自分はとりわけ元気な人ではなかったので、永田岳は遠慮することにした。
深く、深く、島の中心部に向かうにつれて、足元の雪はますます深くなっていった。まるで、島が我々人間の侵入を拒んでいるかのように・・・シシ神は近い、僕らはそう感じた。ともかく島で買った簡易アイゼンは役に立たず、また、借りた本格アイゼンは、つけるほどの雪ではないと判断したため(つけたり外したりが面倒だったので)、結局山靴のままで、我らは島が織りなす自然のダークサイドに挑んでいった。
ちなみに、この日のハイライトは宮之浦岳での一服と、山小屋で杉野さんとコーヒーを飲みながらの一服であった。もちろん携帯灰皿はここ最近の僕の親友です。

▲宮之浦岳からの眺望
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3月13日 |
新高塚小屋→白谷雲水峡バス停→宮之浦? |
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ついにその時がきた。懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった。幼い日の記憶が甦る。あれは僕が幼稚園年長のころ、両親と同じ行程ここまでやってきた。あいつ(縄文杉)は今日も健在だった。ただ、ここらに来て、とにかく目がかゆく、鼻がむずむずする。気づけば、向野さんはずっとマスクをつけておられる。さすがは縄文杉、数千年生きているだけのことはあるな、花粉も年季が入ってる、と感ぜずにはいられなかった。

▲ウィルソン株
ここからは、数々の銘木を眺めつつ、木道を下り、トロッコ道を抜け、白谷雲水峡に至る。トロッコ道では童心にかえることができた。機関車ゴッコ最高。白谷雲水峡ではもののけ姫が出現する間もなく、怒涛のごとく下山。正直、もっと景色が見たかった。その後は登山口に到着し、バスで下界に。そして、レンタの旅が僕らを待っていた。だが、そこからの僕の記憶は曖昧模糊としている。それは屋久杉の神聖な気が強かったのか、はたまた、自分が単に眠かっただけなのかどうかはわからない。とにかく、バスの運転手の勧めで1500円もする銭湯に入り、屋久島観光をしたという事はうっすらと覚えているのだが。そういえば、幾らかの屈強な男達は車中ではなく、野宿をしたような記憶も僕の頭の片隅に残っている。 |
3月14日 |
宮之浦→鹿児島 |
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この日はただただ帰ることのみに専念していたとしか、言うことができない。8:20にはいびすかすというフェリー(外観や内装は名前負けしている船なのだが)に乗り込み、14:40に鹿児島に到着。その後、西鉄の高速バスを汗にまみれた集団が占拠し、ひたすらに福岡を目指した。天神に着いたときの安堵感と通行人がこちらに見せる痛々しい視線・・・もはや快感以外の何物でもない。ただ一つ心残りなことといえば、結局とんかつを食べらられなかったことである。
P.S 本場のさつま揚げはうまかった。 |