8月11日 |
箱崎駅→富山駅 |
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早朝、始発の電車に乗り、青春18きっぷでどこまでも。何度となく電車を乗り継ぎ、途中姫路駅で駅そばを食べたり、福井で途中下車してソースかつ丼を食べたりして、深夜12時ごろようやく富山駅に到着。長かった〜。そして、駅ビバ。 |
8月12日 |
富山駅→剱沢 |
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富山地鉄に乗って美女平へ。そこからバスに乗って一路室堂へ。室堂はとても涼しく、さわやかな陽気。眼前には緑の鮮やかな野原や陽に照らされた眩しい残雪、そして私たちを取り囲む美しい山々が広がっていた。 |
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水を汲んだら、いざ出発。硫黄が噴出する地獄谷を抜け雷鳥平で小休止。 |
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ここからぐんぐん登り、別山乗越で小休止。室堂から別山は木などの障害物がないだけにすぐそこのように見えていたが、案外遠かった。 |
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剱沢へ下る道はらくちん。 |
8月13日 |
剱沢→剱岳→剱沢 |
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日の出前、早めに出発するも、暗すぎて道に迷ってしまう。結局予定のルートに戻れたのは日の出ごろだった。 |
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そして、剱岳への道のりは決して楽なものではなく、鎖場や梯子などが続々と登場する危険なものだった。特にカニの横ばいはとても怖かった。 |
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剱岳はとてもよく晴れていて、遠くの山々を見渡すことができた。 |
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▲何か写りこんでるのはご愛敬 |
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ピストンの帰りもハラハラするものだった。 |
8月14日 |
剱沢→五色ヶ原 |
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日が昇る頃、別山山頂に着いた。残雪が残っているところに陽の光が反射して、とても幻想的だった。 |
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8時頃、雄山に着いた。ここは頂上が神社になっていた。休憩の間、イシハラさんは何個かバッジを買っていた。合宿中にコレクションをするつもりらしい。 |
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五色ヶ原では多くの野草が生息していた。特にチングルマの淡い黄色の花が多く咲いていた。 |
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▲あぁ、ぶれてる… |
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このころからムカイノさんの合宿終了のカウントダウンが始まる。 |
8月15日 |
五色ヶ原→スゴ乗越 |
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早朝、五色ヶ原からは一面の雲海を目にすることができた。これはとても美しかった。 |
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▲来てよかったぁ。 |
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朝日に照らされた鮮やかな野原も素晴らしかった。 |
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この日はなかなか高低の差の急なハードな道が続き、足取りがおぼつかなくなった。たまに道を踏み外したりなんかして…。 |
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そんなハードな一日(午前中)の疲れを癒してくれたのはイシハラさんよりいただいた桃缶だった。あれにどれだけ救われたか、計り知れない。シロップまで美味しくいただくことができた。(このとき、先発隊だけが桃を食べたというのはここだけの話。) |
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スゴ乗越のテン場で事件発生!僕(サカイ)のキャベツが腐りかけていた。保存の仕方がまずかったようで…。あぁ…とてつもなく臭い。生鮮品はビニールに入れておいてはいけません! |
8月16日 |
スゴ乗越→薬師峠 |
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薬師岳までは比較的緩やかな道が続いていた。途中では露と日光によって照らされた綿毛状の野草が生えていた。(後にこれがチングルマの花の咲いたあとの形態だということに気づくのだが。) |
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▲綺麗な綿毛 |
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薬師岳を過ぎるともろい下り坂が続き、これは辛いものだった。 |
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薬師岳山荘で昼食をとったが、ここは天空にいるかのような風景が広がっていて、いつものパンやサラダがよりおいしく感じられた。 |
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薬師峠は大分標高がさがって、森林限界よりも低いところまで来たようだった。水がとうとうと流れ、天気もよかったので、みんなそれぞれ水浴びをしたり髪を洗ったり、洗濯をしたりした。 |
8月17日 |
薬師峠→雲の平 |
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アクシデント発生!ナカゾノさんが足を捻挫したようだった。太郎平小屋で診療をしてもらったところ、重症ではないらしかったが、我々は下山するか否かの選択を迫られた。結局は本人がどうにかいけると判断し、合宿は続行ということになった。 |
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太郎平の分岐で東側に折れて、どんどん下っていった。すると森がだんだんと茂るようになっていって、ついには川が見られるようになった。川沿いにはトリカブトの青紫の花などが咲き誇っていた。 |
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▲猛毒を持つというトリカブト |
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▲川に架かる橋 |
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▲ナカゾノさんのために杖になる棒を探していたんじゃないんですか? |
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標高がさがり、だんだんと森がうっそうと茂ってきた。森の中には木漏れ日が注ぎ込みその様子もまた自然の原始からの悠久の息遣いを感じさせるのに不足ないものであった。 |
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▲先発隊サブリーダーと森 |
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薬師沢はとてもきれいなところで、川の水は透き通っていて、川底がはっきりと見えた。この川にかかっていた赤いつり橋は何となくいい雰囲気を醸し出していた。 |
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▲透き通った水 |
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▲雰囲気のある吊り橋 |
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ここからは森の中の急でなが〜い坂道をひたすら登っていくことになった。はぁはぁ、なかなか終わりの見えない上り。これは気がめいる…。 |
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一通り登り切ると、○○庭園(○○にはアラスカなどの地名が入る)という名を冠した草原が現れるがどれもこれも名の割にはいまいちな場所が続いた。 |
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雲ノ平小屋のカレーの値段は史上最高値であった。下界からの距離が遠いからであろうか。 |
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雲ノ平は最後の楽園?と言われているそうなのだが、どのあたりがそうなのかいまいち分かりかねるところだった。ただ、星はとてもよく見えた。 |
8月18日 |
雲ノ平→双六小屋 |
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朝はガスっていて視界はあまり良くなかった。水晶岳のピストンは4人だけで行くことになったが、相変わらずのガスっぷり。風も強く、寒かった。山頂に着いたら、そそくさと戻った。一方待機組はテントの中でお茶をしていたようだ。ええなあ。 |
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それからもまた山の尾根を進む組と谷を進む組に分かれて進んだ。 |
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そのうち、だんだん天気が良くなってきて、きれいな景色を眺めることができた。 |
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8月19日 |
双六小屋→槍岳 |
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槍ヶ岳へ向かう途中、クマモトさんのザックが斜面を転がって行った。このままでは山の下まで落ちて行ってしまうと誰もがひやりとしたが、幸いギリギリのところでザックは踏みとどまり無事であった。
槍ヶ岳山頂はほとんど垂直な柱のようにそびえ立っていていた。けが人は絶えないらしく前日も一人流血したという話だった。そんな中我々は無事に山頂まで踏破することができた。3180メートル。どこまでも見渡すことができそうだった。 |
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▲頂から来た道を見下ろすの図。怖っ。 |
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槍岳のテン場は風が強く、テントを張るにも精一杯だった。 |
8月20日 |
槍岳→穂高岳山荘 |
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雷が見える。いやな予感。寒い空気の中、とにかく南へむかった。日が昇ってきて天候はどうにか回復してきて、ついにこの合宿最大の山場である大キレットに到達した。非常に細長い道をどうにか進んでいく。それはまるで平均台を通るかの如くであった。ここから落ちたら死ぬんだろうなあとなんとなく思いつつも、実感として怖いという感覚は不思議と湧かなかった。(長い山の生活で感覚がマヒしていたのかも知れない。)大キレットを抜けると、北穂高岳のもろい岩山がそびえていた。落石に注意しながら進んでいった。 |
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▲大キレットに入る前、高岳小屋に看板娘がいた。 |
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▲大キレットにて。頂上(北穂高岳)を目指す。 |
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昼食の堅パンを食べたあともまだまだ難所が続いていた。何度となく現れるもろい壁のような山々。いつまでも現れ続け、精神力はどんどん擦り減っていった。どうにか涸沢岳に到達すると、ようやく今日のゴールの穂高岳小屋が眼下に見えた。 |
8月21日 |
穂高岳山荘→小梨平→上高地→松本 |
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朝、今までの好天がうそのようにガスっていた。岩は濡れているし、風はとても強く、寒い。予定を繰り下げての出発となった。どうにか日が出てきて視界が保てるようになったところで出発。今回の合宿での最高到達点の奥穂高岳(3190M)に到達するも一面ガスっていて何も見えないのでスルー。ピストンを予定していた前穂高岳もスルー。そして上高地へまっすぐ降りていくことになった。 |
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上高地が近くなるにつれ、美しい森が現れるようになった。風穴などもあって、綺麗なものであった。 |
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上高地に着くと、そこは本当に綺麗な場所であったが、どこか整備されつくしていて、どこかテーマパークのような風合いさえ感じさせられた。 |
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▲素晴らしい眺望 |
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▲ご〜る! |
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さて、我々一行は無事に旅を終え、ようやく風呂に入ることができたとさ。 |
その後 |
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▲ご当地アイス「チーズソフト」 |
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▲イシハラさんお勧めのトンカツ屋。ボリューム満点。 |
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▲山から帰ってくると普段の食事のうまさに気づくなあ。 |
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▲カラビバ。宿代を浮かせるにうってつけ。みんなお疲れの様子。 |
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▲さあ、鈍行に乗って福岡へ! |
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▲博多駅にて駅ビバ。明日の始発で帰ります。 |